光源氏は女顔かも?女性的な男性が美しい『源氏物語』に見る平安の美男子・イケメン

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平安時代の美男美女はどんな容姿だったのか。

  • しもぶくれ
  • 糸のような目
  • 太い眉
  • 真っ白な顔
  • 長い髪(女性)

よく言われる特徴はこんな感じですよね。いわゆるおたふくみたいな顔が美しいとされていた、そのように捉えている人も多いのではないでしょうか。

ぽっちゃり・引目鉤鼻は絵巻の描写技法にすぎない

『源氏物語絵巻』「 蓬生」巻

たとえば上の『源氏物語絵巻』を見てみても、源氏は上記の特徴そのままにぽっちゃりしもぶくれ顔で、目は細いですよね。

ただ、これは当時の絵巻を描くうえでよく使われた技法です。引目鉤鼻はどの絵巻物を見ても同じような顔をしていませんか?これは、当時の貴族階級の高貴な人々を描く基本的な技法。

現在の漫画やアニメのようにキャラクターひとりひとりに違う特徴を持たせるのではなく、どの人物も同じように描いたのです。

絵巻では顔の描き分けはされない

絵巻に描かれる人物に関しては、どの程度美醜に注目して描き分けていたか、よくわかりません。

だって、作中一の美男子である源氏も、とくにこれといって容姿が美しいという描写もない乳母子の惟光も、同じような顔をしていますよね?上の「蓬生」巻の一場面は、傘をさしているのが源氏、その右にいるのが惟光です。どうでしょうか。どっちもどっち、ですよね。

『源氏物語』本文にも詳しく書かれない

絵でわからないなら、文章に頼るしかありません。『源氏物語』の中で源氏は美しいと言われているのですから、本文を見てみればわかるはずです。しかしながら、『源氏物語』本文中では源氏を美しいと形容する部分は多いものの、具体的にどんな容貌をしているのかは詳しく書かれていません。

絵巻の技法にも通じることですが、具体的な容姿の特徴を挙げないことで、読者の想像を掻き立てたのではないでしょうか。詳しく書かないこと、それで読者は「いったいどれほど美しいのか」と想像を膨らませ、わくわくしながら読むことができるのです。

どんな容姿が美しいか、それは好みにもよりますよね。あまり詳しく書きすぎてしまうと、「そんなの別に美しくないじゃん」と感じる人もいるかもしれない。紫式部はぼかすところは上手くぼかし、読者を楽しませたのでしょう。

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男性でも女性的な美しさが美の基準だった?

容姿について詳しく触れる場面はほとんどないものの、源氏の特徴について書かれた場面はいくつかあります。

顔については残念ながらわかりやすい描写がないので、「美しさ」「優雅さ」について書かれた場面を少し紹介しましょう。

源氏は首が細い

『源氏物語』の第2巻にあたる「帚木」巻で、源氏が頑なな空蝉を口説き落とすために空蝉の弟・小君に訴えかける場面があります。ここで源氏は、自分のことをこのように形容しています。

されど、頼もしげなく頸細しとて、ふつつかなる後見まうけて、かく侮りたまふなめり。

『源氏物語』 「帚木」巻 (校注・訳:阿部秋生・今井源衛・秋山虔・鈴木日出男『新編日本古典文学全集』/小学館)より

空蝉には、彼女を妻に欲しいと言い寄っている伊予介という男がいます。ただこの男、源氏より身分の低い受領階級(地方官)であり、おまけに年寄り。源氏はそこをついて、「私はあの伊予介よりも先にそなたの姉に逢っているのに、私が頼りにならない細首の優男だと侮ってあんな男を夫にしようとしているのだ」と恨み言をこぼしているのです。

ここでわかるのが、源氏の首が細いということ。確かに雄々しさはないですよね。これは自分が高貴な身分の貴公子で、体力はないが優雅だということをアピールしているのです。

暗に、「身分の低い受領層の男は屈強で力持ちかもしれないが~」と卑しい伊予介と対比して言っているんですね。

確かに、線が細くてなよなよした貴公子は頑丈な男よりも「美しい」という形容にふさわしいでしょう。

仕草も女性的な源氏

他にも、こんな描写があります。政敵によって左遷された源氏が須磨で都を想う場面ですが、源氏の様子を見る供の人々の心情がこんなふうに語られます。

涙のこぼるるをかき払ひたまへる御手つき黒き御数珠に映えたまへるは、古里の女恋しき人々の、心みな慰みにけり。

『源氏物語』 「須磨」巻 (校注・訳:阿部秋生・今井源衛・秋山虔・鈴木日出男『新編日本古典文学全集』/小学館)より

源氏がこぼれる涙を払う手つきが、黒い数珠に映えて引き立っている。その姿を見ると故郷(都)にいる女を恋しく思って心が慰められる、という内容です。

『新編日本古典文学全集』の頭注によれば、「心みな慰みにけり」というのは源氏の女性的な優美さを見て人々はそう感じたのだということです。ここでは顔が女性的、というわけではないものの、源氏の手つきや仕草にも女性的な美しさを見出しています。

つまり、源氏の美しさというのは顔の美しさだけをいうのではなく、立ち振る舞い、雰囲気を総合した美だということではないでしょうか。

女性的な男性が美しい

紹介した2つの描写からわかるのは、どうやら源氏の美しさというのは女性的な美しさらしい、ということです。

力仕事を必要としない、ましてや貴族の中でも帝の皇子(臣籍降下していても)という最高の身分のトップ・オブ・ザ・貴公子です。男性も女性も和歌を詠み風流を愛する、そういう価値観のもとに生きているのだから、男性であっても女性的な美を是とするのは当然なのかもしれません。

容貌についてははっきりとわからないのが残念ですが、もしかすると顔も女性的な美しさなのかもしれませんね。

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日本だけの美的感覚?

男性にも女性的な美しさを見出す、これはもしかすると日本だけの美的価値観、感覚なのかもしれません。

たとえば宝塚歌劇、『ベルサイユのばら』、川島芳子、などなど。女性が男装の麗人に夢中になるというのは、平安時代から連綿と続く美的価値観なのかもしれません。

逆に西洋ではどうかというと、男性的な美をそなえた女性を美しいとする、と聞いたことがあります。男性的な、精悍な顔つきの女性が美しいということ。日本とは逆なんですね。

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