『枕草子』の“枕”の意味はいまだにはっきりしない?執筆のきっかけとは

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平安時代を代表する文学作品として名高い枕草子。紫式部の源氏物語と並ぶ名作ですよね。作者・清少納言が、中宮定子に仕えた日々などを綴った日本最古の女性による随筆といわれています。

ところで、この『枕草子』というタイトル。「草子」は冊子や草紙と同じで綴じた書物を指す言葉ですが、「枕」はどこからきたのでしょう?なぜ『枕草子』という題名になったのかを知っていますか?

『枕草子』執筆のきっかけとなった出来事については跋文に記載されており、なぜ「枕」かも言及されているのですが、実はどうして枕なのかはいまだによくわかっていないのです。

『枕草子』執筆のきっかけ

清少納言がこの作品を執筆することになったきっかけは、定子が内大臣・伊周から紙を献上されたことでした。

これについては、『枕草子』の最後、いわゆる跋文に書かれています。

宮の御前に、内の大臣の奉りたまへりけるを、「これに何を書かまし。上の御前には史記といふ文をなむ、書かせたまへる」などのたまはせしを、「枕にこそは侍らめ」と申ししかば、「さは得てよ」とて給はせたりしを、あやしきをこよや何やと、つきせずおほかる紙を書きつくさむとせしに、いと物おぼえぬ事ぞおほかるや。


『枕草子』「この草子、目に見え心に思ふ事を」(校注・訳:松尾聰・永井和子『新編日本古典文学全集』/小学館)より

定子の兄、伊周から紙をもらったはいいものの、定子自身は「これに何を書いたらいいのかしら」と考えあぐねていたのです。上の御前、つまり一条天皇は「史記」という書物をお書きになっているけれど、と。

清少納言はそれに対し、「それなら枕でございましょう」と答えます。

「枕にこそは侍らめ」が由来

そう、この清少納言が言った「枕にこそは侍らめ」が『枕草子』という書名の由来だといわれているのです。

清少納言が「それなら枕でしょう」と答えたので、定子は「ならばこの紙はお前に取らせよう」と下賜した、というわけで、この作品を書くことになったのでした。

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“枕”にはどんな意味が?

しかし、どうして「それなら枕でしょう」となったのか。この紙を賜ったときの出来事が書名のきっかけであることは確かですが、この「枕」とはいったい何に掛かっているのでしょうか。

実はこれがよくわからないのです。

いくつか「こうではないか」と考えられている説があるので、紹介してみましょう。

寝具の枕

清少納言は、「帝は史記を書いている」という定子の言葉を受けて、「じゃあ(宮様)なら枕ですね」と答えています。つまり、「史記」に対応させているということ。

これはダジャレのようなもので、 史記=敷布団(敷が「史記」と同音のため) だから、宮様は同じ寝具の枕ですね、という意味になるというものです。

枕元に置いておくメモ

「枕草子」という言葉、今の私たちにとっては清少納言の随筆作品を意味する固有名詞ですが、この当時は一般名詞だったという説もあります。

どんなものかというと、考えていることなどを忘れないよう書き留めておく手控えの草子。つまり、枕元に置いておくメモ帳といった感じです。

四季

「枕」には、たとえば「歌枕」のように歌のよりどころとする枕詞や名所などの典拠という意味があります。

「帝は史記を書いている」という定子の言葉から、清少納言は「帝が唐の『史記』を書いているなら、それを枕(よりどころ)にして「四季(これも『史記』と同音)」について書いてはどうか」と提案したという説があります。

『枕草子』は「春はあけぼの……」から始まり、春夏秋冬の美しい景色や物を取り上げた章段も多いことから、作品の内容との整合性もとれる説です。

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新しい説が次々と出ている

『枕草子』という書名の由来については、ここで紹介した以外にも複数の説が唱えられています。しかしどれも「これが正しい」と言い切ることはできません。

研究者によって新たな説も増えつつあり、何が何やら……。清少納言は何を思って「枕でしょう」と言ったのか。『枕草子』を読んでいると、清少納言はことあるごとに漢詩を引き合いに出して冴えた発言をしているので、『史記』に引っかけた意味であろうとは思われます。

しかし、書名の由来がその書物に書かれているだけでもありがたいことです。『源氏物語』なんて紫式部が執筆した当時、どういうタイトルだったのかもはっきりしていないのですから。

【参考文献】

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