『宇治拾遺物語』「利仁暑預粥事(利仁、芋粥の事)」を読む

宇治拾遺物語 芋粥 芥川龍之介
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宇治拾遺物語に採録されている「利仁暑預粥事(利仁、芋粥の事)」は、藤原利仁将軍がまだ無位の若者であった頃、五位なる人物に芋粥を馳走する物語です。

内容は、京都から利仁の故郷である敦賀までを旅する部分と、利仁の家に到着後、芋粥を振舞われるまでを五位の視点から捉えた部分とで構成されています。また、利仁と五位の対比を主軸としつつも、書き手が登場人物について詳細に語ることはなく、読み手に想像の余地を与えている点がこの物語の特徴です。

あらすじ

正月の大饗宴の席、残り物の芋粥を食べながら「芋粥を飽きるほど食べてみたい」とぼやく五位に対して、「きっと、飽きるほど食べさせてあげますよ」と利仁は約束を交わします。4、5日後、3人の従者と2頭の馬を連れて五位を迎えに来る利仁。非番で自室にいた五位は突然のことで、普段着のまま、従者もつけずに付いていくことになりました。ここから、京都から琵琶湖の西岸を通る敦賀への旅が始まります。

2日間の旅路では、野盗も多いため京都から出ることに怯える五位に対して「利仁一人いれば千人力とお思いください」と勇む、或いは狐を捕らえ「明日迎えをよこすように、家の者に伝えよ」と伝言を頼むなど、自信に満ち溢れた勇猛な利仁のエピソードが語られています。

敦賀に到着後は、地方豪族の豪華な暮らしぶりに感嘆する五位の姿が見られます。

利仁や義父・有仁から手厚いもてなしを受け、床に就く五位。すると、外から「明日朝6時、切り口9センチ、長さ1.5メートルの山芋を各自1本ずつ屋敷に持参せよ」と、一帯に住む下人たちへの指示が聞こえてきました。

あくる朝、五位は屋敷の庭先で、大量の山芋と、900リットルは入りそうな大釜5、6つ、窯に甘葛煎の汁(当時の甘味料)を入れる若い女性たちや、山芋を刀でそぐ十数人の若者の姿を目にします。大量の芋粥を作る光景を目の当たりにして、五位は食べる前から既に満腹のように感じてしまうのです。勧められても、実際は一杯を飲み干すのがやっとでした。

そして約一ヶ月の滞在後、五位が帰京する際には、たくさんのみやげが贈られます。

利仁と五位の関係性

物語の各所で目を引くのが五位と利仁の対比です。具体例として、位階、衣服、従者の数、住宅の差が挙げられています。

まずは、位階について。五位はその名のとおり、五位の位階―貴族・殿上人とみなされる立場にある人物です。対して利仁は、地方豪族の家の婿ですが、当時はまだ無位の侍でした。

次に衣服に関しては、五位は薄い綿の入った着物2枚に、青鈍色の裾の破れた指貫、同じ色の肩の折り目がくずれた狩衣という出で立ち。利仁の衣服については語られていませんが、五位に貸し与えた着物として、厚い綿の入った練色(薄黄色)の着物3枚、綿が15センチ程もある宿衣(夜具)など、物質的な豊かさに差が見られます。

また、従者の数については、召使の少年さえ連れていない五位に対して、利仁は旅に3人の従者を連れ、他に敦賀から迎えに来た男たちが30人余り。そして屋敷では、山芋を運んできた下人や、家に仕える男女など、大勢の人を従えていることがわかります。

最後に、住居については、五位が「曹司」(仕える太政大臣の邸内に与えられた自分の部屋)で暮らしているのに対し、利仁の敦賀の邸宅については五位自身が「賑わしくめでたき事物にも似ず(豪華で他に類がない)」と語っています。

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「きう者」は誰か

さらに、最後の一文の「きう者」が興味深い点として挙げられます。これは、「給仕者」、「困窮者」、「領地を賜った者」を意味しており、利仁と五位のどちらも該当します。つまり、「きう者」を誰と捉えるかによって結びの文の意味が変わるのです。五位なら、大臣家に長年勤めた者が果報(みやげの品)を得る。利仁なら、敦賀を長年治めた者が果報(物資や従者)を得るとなります。識者の間では五位説が有力ですが、確定的ではなく、またそれに伴って、主人公の捉え方も、表題どおり利仁とするか、五位とするかで意見は分かれています。

以上のように、2人の暮らしぶりには明確に差が見られる一方、主人公としての扱いは曖昧な部分を残します。この状態で読み手は利仁と五位から、一体何を読み取るのでしょうか。

さまざまな解釈

芥川龍之介は大正5年、『宇治拾遺物語』「利仁暑預粥事」と同じ内容の今昔物語集』「利仁将軍、若き時今日より敦賀に五位を将て行く語」、及びゴーゴリ『外套』から着想を得て『芋粥』という作品を発表しています。

まず芥川は、主人公は五位であると明言し、容姿や周囲からの評判などを書き加えることで、より具体的な個人として捉え直しています。五位に対するこの独特の描写については、『外套』の影響が強く感じられますが、いずれにしろ芥川は、五位を見た目もみすぼらしく、周囲の人からは疎まれ、利仁からも蔑視されるような、情けない人物と捉えたのです。

大饗宴の残り物の芋粥をすすることを唯一の楽しみとしていた五位が、利仁に招かれるまま敦賀へたどり着き、有り余るほどの芋粥を馳走になる頃にはもう、敦賀に辿り着く前の自分を懐かしく思い始める。つまり、夢や楽しみは叶うまでが花であると芥川は結んでいます。五位に果報はなく、哀愁漂う物語となっています。

一方、町田康が訳した「利仁暑預粥事」はまた別の結末を迎えています。

町田は物語の最後、利仁が五位に高価なみやげを持たせたのは、長年、大臣家に仕える五位から中央政権の有益な情報を得られたから。出世を目論む利仁にとっては、情報と引き換えにした高価な品物は惜しくない出費であったと、独自の解釈を添えているのです。

つまり、果報(情報)を得た者は利仁であり、また、五位にあって利仁にないもの(位階)を欲する利仁を主人公と捉えたと考えられます。

原文の書き手が芥川のように、一人の人物について詳細に書き上げることはなかったため、読み手の想像力が掻き立てられ、同じ物語でも、町田のような訳者による独自解釈を生む余地が残されているのです。

不足と知足

様々な解釈ができるこの物語は、或いは、一杯の芋粥をきっかけとして、ただ一つ残った欲からも解放された五位と、地位以外のものはすべて手に入れ、位階を欲する利仁の比較を軸とした物語と捉えることもできます。五位の位に満足する者と、無位から従四位まで昇格した者、すなわち、もう十分満ちたと感じている者、現状に満足していない者―その成熟と成長の対比です。

五位の服装はみすぼらしい反面、見栄を張る様子の無いことを示しています。青鈍色(当時は「心喪の色」とされ、喪服や僧の服に用いられた色)の服は、五位の精神が、世俗の見栄や利害得失を離れ、必要以上の欲に囚われていないことを思わせるのです。求めていた芋粥に対しても、結局は一杯だけでその執着を手放しています。

対して利仁は、容姿や服装の描写は見らませんが、行動力や勇猛な姿、豪華な暮らしぶりから、野心を内に秘め、自信に満ち溢れた勢いのある若者という印象を強く与えます。

五位は得た果報を喜んだでしょうか、利仁は今までに得た果報に満足しているのでしょうか。

主人公や「きう者」の捉え方、行間の読み方によって、2人の人物像は様々に変化し、ニュアンスの異なる結末を迎えます。どちらも主人公。結びも一つではないのです。あえて主人公や結びを一つに限定しないことによって、五位と利仁の様々な面が見えてくるのでしょう。

 

【参考文献】
高橋 貢・増古和子 訳『宇治拾遺物語(上)』(講談社、2018年)
小林保治、増古和子 校注・訳『新編日本古典文学全集(50)宇治拾遺物語』(小学館、1996年)
長野甞一『校注古典叢書 宇治拾遺物語 上』(明治書院、1975年)
伊藤比呂三、福永武彦、町田康 訳『日本文学全集8 日本霊異記 今昔物語 宇治拾遺物語 発心集』(河出書房新社、2015年)
武石彰夫 訳『今昔物語集 本朝世俗篇(上)』(講談社、2016年)
芥川龍之介『羅生門 鼻』(新潮社、1968年)
芥川龍之介『羅生門・偸盗・地獄変・往生絵巻』(講談社、1971年)
ゴーゴリ 著、平井肇 訳『外套・鼻』(岩波書店、1938年)
関口安義『芥川龍之介 闘いの生涯』(毎日新聞社、1992年)
関口安義『よみがえる芥川龍之介』(日本放送出版協会、2006年)
福田恆在 編『芥川龍之介研究』(新潮社、1957年)
八條忠基『有職装束大全』(平凡社、2018年)

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