平中の名で知られる平貞文(たいらのさだふん)。『平中物語』という歌物語の主人公になるなど、第二の在原業平的な存在だった人物です。『伊勢物語』の昔男(業平)のように数々の女性と恋に落ち、色好みとして名の知れた貴公子でした。
和歌が好きで家柄のいいイケメン。女性たちにモテたようですが、そんな平中にも叶わぬ恋もあり……。
今回は平中が身を焦がし、恋をあきらめようとして出たとんでもない行動を取り上げてみましょう。
ホンモノの「私がこうすることで喜ばぬ女はいなかった」
平中がどれだけモテたか。『宇治拾遺物語』には次のように紹介されています。
今は昔、兵衛佐平貞文をば平中といふ。色好みにて、宮仕人はさらなり、人の女など、忍びて見ぬはなかりけり。思ひかけて文やる程の人の、なびかぬはなかりけるに
『宇治拾遺物語』18「平貞文、本院侍従の事」(校注・訳:小林保治・増古和子『新編日本古典文学全集』/小学館)より
つまり、好色家で宮仕えの女はもとより、それ以外の表に出ないような女の元にもこっそり通っていた。彼が思いをかけて手紙を贈るほどの女で、彼になびかない女はいなかった。
それほどモテたようです。ん?どこかで聞いたことがある……。まるでジブリ映画『かぐや姫の物語』の御門のようですよね(笑)
平中になびかない女
しかしまあ、そんな平中をもってしても攻略できない女性がいたのです。それが村上天皇の母后に仕えていた本院侍従という女性。
この侍従も平中と同様に色好みで、平中から手紙をもらうと返事はしていました。しかし色好みなだけあって恋の駆け引きに慣れており、平中に思わせぶりな態度をとります。つまり、侍従のほうでは本気で恋をしているわけではなかったのです。
『宇治拾遺物語』には手紙の返事はしていたけどつれなく、会うことはなかったとありますが、『今昔物語集』のほうでは返事もくれないので、せめて「見た」とだけでも返事をくださいよ、と手紙を贈ったところ、平中が書いたその手紙を破いて「見た」という二文字だけ書いて贈り返してきたようです。
『宇治拾遺物語』のほうが冷たいですね。
逢いたいという平中の願いが叶うときがきました。平中は女童の手引きで侍従の部屋までたどりつき、ついに侍従に触れることができたのです。
ところが、侍従は「ちょっとあちらの襖の錠をかけ忘れたので行ってきます」といって単衣に袴姿で出て行ってしまいます。平中はすぐ戻ってくるだろうと、ウキウキしながら裸で寝ながら待っていたのですが、女は戻ってこない。
随分時間がたって不審に思い始めた平中。襖の前まで行ってみると確かに鍵はかかっている。しかしそれは向こう側からかけられたものだったのです!女は平中を置いて鍵をかけて奥へ行ってしまったのでした。
とにかく、相手の侍従がその調子で相手にしてくれないので、平中はいよいよ悲しくて情けなくなってしまいました。家まで入れてもらってぬか喜び。平中は騙されたのです。いよいよ涙まで出てきます。
ここで、「もうこの恋はあきらめよう」と決意します。
「そうだ、彼女のうんこを見ればこの恋も冷めるに違いない!」
侍従に騙されてもなお、嫌いにはなれない平中。どうにかこの恋をすっぱりあきらめられないものかと思案します。
そこで思いついたのが、侍従の嫌なところを見るということ。「彼女がいかに美しくすばらしい女性でも、便器の排泄物は私たちと同じに決まってる。それを引っ掻き回して見ているうちに自然と嫌になるだろう」とそう思ったのです。
平中は侍従の便器が下女によって運び出される瞬間を自分の随身に見張らせ、箱を奪ってこいと命じます。随身は首尾よく便器を盗み出し、平中は喜んでそれを受け取りました。
さて、中身はいかに。便器の中身については『今昔物語集』のほうが詳細です。
平中其ノ筥ヲ見レバ、琴漆ヲ塗タリ。褁筥ノ体ヲ見ルニ、開ケム事モ糸々惜ク思エテ、内ハ不知ズ、先ヅ褁筥ノ体ノ人ノニモ不似ネバ、開テ見疎マム事ヲ糸惜クテ、暫不開デ守居タレドモ、「然リトテ有ラムヤハ」ト思テ、恐々ヅ筥ノ蓋ヲ開タレバ、丁字ノ香極ク早ウ聞エ、心モ不得ズ怪ク思テ、□筥ノ内ヲ臨ケバ、薄香ノ色シタル水半計入タリ。亦大指ノ大サ計ナル物ノ黄黒バミタルガ、長二三寸計ニテ三切計打丸カレテ入タリ。思フニ、「然ニコソハ有ラメ」ト思テ見ルニ、香ノ艶ズ香シキ黒方ノ香ニテ有リ。(後略)
『今昔物語集』巻第30「平定文本院の侍従を仮借する話第一」(校注・訳:馬淵和夫・国東文麿・稲垣泰一『新編日本古典文学全集』/小学館)より
奪ってきた便器には金漆が塗ってあって、その美しさだけ見ても開けるのが嫌になった平中。こんな美しい便器の中身が……と思うと、愛想も尽きてしまうと感じたんですね。
しかし意を決して、恐る恐る便器を開けると、丁子(ちょうじ/ハーブのクローブにあたる香木)の香りがする。不審に思って中を覗くと、薄い黄色の水のほか、親指くらいの大きさの黄黒い色のニ三寸のものが三切ほど入っている。「うんこに違いない」と思うものの、めちゃくちゃ香ばしい香りがするではないか……。
そしてなんと、平中は棒きれを取って突き刺し、これを鼻に宛てて嗅ぐのです。するとすばらしく香るのは黒方(くろぼう/お香)でした。
これで、侍従がこういうことがあると見越して、練香などを用意して排泄物に見立てて用意していたと気づいたのでした。
つまり侍従のほうが先を読んで行動していたということ。
「ゆゆしげにし置きたらば、それに見飽きて心もや慰むとこそ思ひつれ。こはいかなる事ぞ。かく心ある人やはある。ただ人とも覚えぬ有様ども」と、いとど死ぬばかり思へど、かひなし。
『宇治拾遺物語』18「平貞文、本院侍従の事」(校注・訳:小林保治・増古和子『新編日本古典文学全集』/小学館)より
あはれ平中……。「もし本物の大小便が汚らしく入っていたら、愛想が尽きて気持ちもやすまると思ったのに、こんな行き届いたことをするなんてとてもただの人とは思えない」と余計に侍従がすばらしく思えてくるのでした。
結果、うんこを見て恋をあきらめることに失敗した平中。この後もめちゃくちゃ侍従を恋しく思うのですが、とうとう契りを結ぶことはありませんでした。
ただ平中が悔しい思いをした、そういうエピソードです。モテにモテていた平中が、侍従によって高い鼻をへし折られた。ちょっとダサいですよね。
このエピソードは『今昔物語集』『宇治拾遺物語』だけでなく、(便器強奪事件は省いて)侍従に袖にされたエピソードが『十訓抄』にも書かれています。